Precious&Precious
「暴動……っつっても、意外と大したことないんだな」
 マリーはコウライ教についての知識はほとんどもっていない。虎が来たと耳にした時はとんでもない事態を予想したが、意外と小規模なもののようだった。マリーが気の抜けた声で呟くと、アルドヘルムは頷く。何もしていないように見えるが、実際はマリー達を覆っている結界を操っているのだ。その証拠に、こちらにナイフを向けてくる男との距離が近くなることはない。
「コウライ教は……基本的にはゼロやノーマルの集まりなんだ。マナをの配給を受けている俺達には、勝てないんだよ」
 彼がそういうと、ナイフを向けていた男の顔色が見る見る赤くなり、助走を付けて突進してきた。しかしそれも結界には敵わず、決して小柄ではない男の身体を跳ね返してしまう。倒れたところを外にいた術兵に捕らえられた。
 何となく胸にもやもやとしたものが残り、マリーは一旦収めていた剣を再び抜いた。剣の刃に反射した鋭い光がアルドヘルムにを照らし、それに気づいた彼が不思議そうに振り向く。
「どうしたんだい?」
「俺もついでに参加してくるよ。最近実戦離れしてて、腕も鈍ってるしな」
 繋いだままだったノアの手を離すと、彼はその手のぬくもりの代わりに、キラキラとした目をこちらに向けてきた。
 それを無視して、マリーはアルドヘルムに声をかけた。
「お前はいかないのか?」
 彼は穏やかな笑みを崩さずに口を開いた。
「俺はここでノアを守っているよ。それが守護者の役目だからね」
「コウライ教の奴らって弱いんだろ? 虎を操ってる奴だって、多分お前の魔術があればすぐに割り出せるだろ」
「それは、俺の役目じゃないから」
 そう言う彼はただそこに立っているだけだ。それなのにどんどんとコウライ教の者達は弾き飛ばされては別の術兵に捕らえられていく。その光景に、マリーはどこか苛々した気持ちを覚えた。
「……とにかく俺は行ってくる」
 今のマリーに彼を責める理由などない。彼女にしても、正義感からの行動ではないからだ。
 仕方なくそれだけ言葉を吐き捨てると、草で覆われた地面を蹴り出した。
「マリー、あの僕……!」
「うるせぇ! お前の為に行くんじゃねぇよ!」
 ノアの声にも罵声で返す。肩を震わせて俯いたノアをこれ以上見ていられず、マリーは背を向けて結界を飛び出した。
(俺はノアを守るとか、そういう考えで動いてるんじゃねぇ。でもアルの野郎も……苛々する)
 薄い膜が張られているかのような結界の外に出ると、一気に煙の臭いがマリーを取り巻く。それと思わず咽そうになったが、構わずに足を進めた。
 風車の周囲を巡る柵を乗り越えてしばらく続く一本道を走る。生活区域はもっと南にある為に人はほとんどおらず、辺りには細い木の集まりや空き地のような開けた場所しかないが、コウライ教の者達を引っ立てていく術兵とはすれ違った。そのまま走り抜けると、一番混戦している北区域の入り口に出た。
 術兵達が結界を張りながら、三匹の虎と交戦していた。その凶暴な牙は、術兵だけではなく、コウライ教の男達をも襲っている。むしろ体中を夕陽の色でない赤色で染め、悶え苦しんでいたのはコウライ教の者達だった。
「何だよ、これ」
 訳が分からず呟くと、前を向いていた筈の虎が突然咆哮をあげ、転回した。狙いは――自分だ。
 息を吐く間もなく地面を蹴り、虎の突進を避ける。そのまま、虎の顎を狙って剣を下から薙ぐと、その虎は血と唾液を撒き散らしながら吹き飛んだ。力が完全に入っていなかったせいで、致命傷にはなっていない。しかし動きはだいぶ鈍くなっただろう。そのままこちらをギラギラとした瞳で睨んでいる次の虎に剣を構えた。
「マリー様、こちらで片付けます!」
 アシュレーの声と共に、その虎は一瞬にして串刺しにされる。光の閃光に、血がてらてらと流れていた。術兵達が詠唱を終えたのだ。アシュレーと四人の術兵達が互いに目線を合わせ、微笑んだのが分かった。
「我々術兵は詠唱をするのに時間がかかります。出来る限り時間を稼いでくれるととても助かるのですが!」
「よし、任せろ!」
 最後の虎に剣を向けると、その虎は分が悪いと悟ったのか、じりと後ろに下がる。しかしそれを逃すほどの甘さなど持ち合わせてはいなかった。唇をぺろりと舐めると、一気に走り出す。やはりマナの配給によって身体も軽くなっている。横に避けようとした虎を逃す筈もなく、振り向きざまに一閃。薄暗くなった視界の中で、その光は赤黒く闇を裂き、虎を大きく吹き飛ばした。叩きつけられた地点にぼんやりと魔方陣の光が灯り、瞬く間に先程の虎と同じような状態になる。しかしマリーにとってはまだ終わりではなかった。
 背後に感じる大きな殺気。刃についた血を振り払うように、剣を大きく振り回したが、その切っ先が固いものによって遮られた。風を唸らせるとてつもなく大きな衝撃を右から感じる。頭で考える前に、身体が自然と後ろに下がった。 尻餅をついてしまったが、そんなことを気にしてはいられない。幸い、アシュレーがこちらに気づき、再びあの結界でマリーを覆った。


←前へ