Precious&Precious
「アルドヘルム、これは一体どういうことなのですか!?」
 彼はアルのような茶色のベストこそ着ているものの、下に着けているのはローブで、あまり動き回るのには適していない。恐らく城の内部で働くものなのだろうとマリーが予想していると、いきなり男に指を突きつけられた。突然の出来事に目を白黒させていると、彼が口を開いた。
「まさか、こんな子どもが契約者というわけではないでしょうね!」
「いや、それは、それが……と、とにかく最初から説明させてください!」
 ホールに響き渡る声で伝えるが、その男は後ろに控えていた一人の男に目を向ける。軍服の上から白衣を羽織っていた彼は、目だけで頷いてみせると、後ろでホールを見回していたノアの手をとった。戸惑う子どもの様子などに目もくれず、彼らはそのまま左側の階段へと進んでいってしまった。
「あいつどこ行くんだよ」
 小声でアルドヘルムに尋ねるが、答えたのは目の前でヒステリックな声をあげていた男だった。
「とりあえず検査をしてみないと何とも言えません。閣議で対応を決定するのはそれからですから」
 そしてマリーを一瞥すると、再び二階へと昇り始めた。アルに促されて後をついていく。
 磨き上げられた床石は自分の姿を映し、階段でもメイド達が懸命に壁を磨いている。誰かが歩くたびに土の汚れがつくのにご苦労なことだ、と皮肉気な視線を投げると、そのメイドが振り返り、深々とお辞儀をした。気まずくなってすぐに視線を逸らす。
 ホールに接する通路から内部に続く狭い廊下へと入る。ここでも石の床が続いていたが、先程とは違って光沢はない。しかし壁には豪華な装飾品やインテリアが並べられ、窓際では衛兵達が談笑していた。しかし前を歩く二人に気がつくと、慌てた様子で敬礼する。どうやら相当の権力者らしい。そんな二人は兵士達の敬礼に答えながら、何かを話していたようだった。
「結局、セレス様の亡骸はどうなったんだ?」
「ルナリアの衛兵に調べさせましたが、見つからないようです。恐らくコウライ教の暴徒に持っていかれたのかと」
「え、セレスって死んだのか?」
 思わず驚きを声に表してしまうと、アルが慌ててマリーの口を押さえた。息がつまってぐむぅという情けない声が出たが、そんな声もかき消すほどの大声が男から発せられた。
「誰に向かって言っているのですか! しかもそんな重要国家機密を!」
「アゼル、機密事項なんだからそんな大声で叫ばないでくれ!」
 もう片方の手でアゼルと呼ばれた男の肩を掴むと、彼は我に返ったように、己の口に手をあてる。幸い、歩き回っている者達の中に訝しげな視線を送ってくる人物はいなかった。これが日常茶飯事なのか、それとも周りが気にしない者達ばかりなのかは分からない。
「とにかく会議室で話しましょう。レクターも、あなたに会いたがっていましたよ」
 ミーティングルームと書かれた札の貼ってあるドアを開けた。中に入ると、十畳程の広い部屋に、大きく古びた長机と椅子が置かれているのが見えた。その一番奥の席では男が足を組んで座っている。
 男はドアをちらりと見やると、見る見るうちに表情を輝かせた。
「アル、お帰り」
「レクター、帰っていたのか!」
 アルドヘルムが歓喜の声をあげる。アル、というからには恐らく仲の良い間柄なのだろう。確かにアルの方が呼びやすそうだな、とマリーが思っている間にレクターと呼ばれたその男も立ち上がり、アルドヘルムの方へと駆け寄った。
「あぁ、メージ村でアルが契約者を保護したと連絡が入ったから、戻ってきたんだ。ところで、その女性は?」
「彼女はマリー。……えーと、もう、知っているかもしれないが……」
「とりあえず、座ってから話を聞きましょうか」
 アゼルに話を中断させられ、マリーを含んだ四人は適当な席に座る。その間にも笑顔で談笑しているアルドヘルムとレクターの姿を見て、少なくとも彼らはアゼルよりも仲が良いのだと予測する。年齢は恐らく皆同じで二十代前半といったところだろう。アゼルだけやたらと体格が小さいが、アルドヘルムもレクターも年頃の軍人らしく、無駄のない筋肉をつけている。
 更に観察すれば、レクターが剣士であることも分かった。腰には剣がぶら下げられているのもそうだが、近くに人がいる場合の目線が違うのだ。剣を扱う者は、あまり目をきょろきょろさせない傾向がある。視野を広く保つことで相手の動きを捉えることが多いからだ。そしてその視界の隅に自分もしっかりと映されているような気がした。それによる気まずさもあって、どこから話すべきかと悩んでいるアルドヘルムに声をかけた。
「おいアル、俺全然事情聞いてないから、できれば最初から話してくれよ」
 彼は僅かに目を見開いたが、すぐに口元に笑みを見せると、頷いた。
「そうか。じゃあ最初から話すよ。えーと……まず、俺とレクターはご公務中に突然姿を消された前契約者を捜索する任務を受けたんだ」


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