Precious&Precious
 首都セントヘルム。
 セントヘルム国の、が前に置かれる場合は呼称は首都のみとなる。
 大陸の南東部に位置するこの街は、人口十九万という国内では最も大きなものとなっている。
 まず目立つのは街の中央に位置するセントヘルム城。指輪の契約者が王として住み、統率をとる場所でもある。それはどの方角から見ても一番高く、その地位と栄華を誇るかのように聳え立っている。城の周囲は高い塀によって囲まれ、東西南北全ての方角で衛兵が守りを固めており、侵入することも難しい。そしてその周りを取り囲むように住宅が広がっている。
 城郭都市としてのかたちを採用しているこの街でも守りは堅く、東西南北で居住区域が定められている。そしてそれぞれの区域を統括する役所による自治が行われている。しかし寒暖差の少ない、穏やかな気候や、城のお膝元ということもあって問題はほとんど起こらない。
 世界の中では間違いなく平和な場所であると言えた。
「マリーは、首都にきたことはあるのかい?」
 街の入り口を守っていた衛兵に顔パスで通されたアルドヘルムは、のんびりとした顔でマリーに尋ねた。彼の手にはバニラアイスクリーム。せめてものお詫び、ということで彼が買ったものだ。マリーは遠慮を見せる様子もなくアイスクリームを受け取ると、頷いた。
「さっきみたいに仕留めたモンスターの肉とか皮は大体西区域で売ってるからな。東区域と北区域では買い物もしてるし」
 ウィルドの森は首都の東にあり、普通に歩けば一番近いのは東区域である。しかし東区域は外との流通の中心となっており、どうしても大量売買の舞台になってしまう。その分西区域は海に面しているので、少量の肉や皮などを売りつけるには良い場所だ。陰干しされた魚などと交換したり、その帰り道の北区域で武器を新調したりすることもできる。
「よく区域間を自由に行き来できるな……ってそうか、エリートだからか」
 より多くのマナを城に渡しているエリートは、比較的自由度が高い。富豪としての地位を確保しているエリート達は一番日当たりの良い南区域に住むことが多く、そのような場所はエリート街とも呼ばれている。どの街にも必ずそのような暗黙の境界が存在し、人々はそれを当り前のように享受して暮らしているのだ。
 アルドヘルムは口元をべとべとにしながらアイスにがっついているノアにハンカチを差し出す。ノアは小さな手でそれを掴むと、ごしごしと強い力で口元を拭い、無言でハンカチを突っ返した。
「マナーもクソもねぇな、おい」
「マリーだって、女の子がそんな言葉言うもんじゃないよ。それにこの子は……うん、ちょっと事情があるから」
「事情?」
「城に着いたら説明するよ」
 マリーはすでに、この状況が特別なものであると知っていた。
 通常ならば契約者は命を狙われる危険がある為、どんなに近場でも外出する際は必ず護衛を十人つける。遠征ともなるとその数は一中隊分にもなる。しかしこの状況はどうだろう。森で彼らと出会ってから衛兵以外の軍人には会っていないし、その衛兵も、アルを見るなり顔を真っ赤にし、大げさすぎるほどの喜びを露にする。
「城までは遠いから馬車で行こう。大丈夫、代金は城の方で出してくれるから」
「そりゃいいご身分だな」
 毎回一時間かけて生活区域を徒歩で移動しているマリーはため息混じりに呟いた。
 八人乗りの小さな馬車に揺られて二十分程経つと、入り口からはっきりと見えていた城のシルエットが、もはや全体を見渡せなくなる程に大きくなっていた。
「何度見てもでけぇなぁ、ここは」
 一番最初に馬車から降りたマリーが城を見上げて言った。巨大な鎖に繋がれていた桟橋が降ろされると、ノアは物珍しげな表情で桟橋の下を覗き込む。
「おい、落ちんなよ」
 注意をしてやると、彼は弾かれたようにこちらを向き、マリーと目を合わせる。しかしすぐに視線を外され、今度は兵士の姿をじろじろと観察し始めた。
「んだよ、せっかく注意してやったのに」
「ノアも、これからマリーと仲良くやっていけるのか、不安なんだよ」とアルドヘルムがフォローする。
 城の中に繋がる巨大な鉄の扉が開かれると、マリーは絶句した。
 赤い絨毯が一本敷かれ、その他は光沢のある石で固められている。一階から四階までは吹き抜けになっている。大きく首を伸ばさないと見えない天井からは、巨大なシャンデリアが吊り下げられていた。
 左右の壁には階段と、二つを結ぶ渡り廊下があり、たくさんの兵士とメイドが歩き回っている。そして右の階段からは十人の兵士を連れた男が降りてくる。彼は真っ直ぐに入り口に向かうと、声を荒げた。


←前へ