Precious&Precious
周りの空気がシンと静まり返る。よく見ると、座っている人物は皆体つきこそばらばらであるが、城内を歩き回っている兵士達とは違ってマントを羽織っている。そしてそれにつりあうだけの威厳を放っていた。
「昨日に行った検査の結果ですが、ノアの体内マナ数値はエラー。理由は分かりませんが、マナの流れを可視化したところ、彼の中ではきちんとマナが流れていることが分かりました」
重石がのっているかのように静かだ。アゼルは一度周囲を見回すと再び口を開いた。
「国のマナにも変化はありません。しかし、指輪だけはどんな検査をしても見つけることはできなかった。このまま彼の契約をといてしまった場合……何が起こるか、正直我々にもはかりかねます」
ほれ見てみろ。マリーは頭を抱えたくなった。この後の言葉は簡単だ。
「よって……ノアを次期契約者として認めましょう。守護者もマリーと、アルドヘルムの二名にお任せしたいと思います」
「はっ」
アルドヘルムが律儀に立ち上がり敬礼した。周囲の男達の視線がとてつもなく重い。顔を覆っていた手を少し広げて、隙間から様子を窺うと、アゼルが真っ直ぐとこちらを見つめていた。
「あなたもよろしいですね、マリー」
「……断るって言ったら?」
「残念だが、守護者も契約者も契約解除はできないのでな」
一回り体躯の大きな男が発言する。年もかなり高いようで、その顔には無数の皺と傷が刻まれていた。彼は低い声であざ笑うように言った。
「俺は正直契約者にも反対だし、守護者にも反対だ。殺すしかないのならば俺が殺そう」
その声には殺気が十分すぎるほど含まれており、聞く者全てを恐れおののかせる力を持っていた。マリーもその例に漏れず、背中に冷たいものを這い上がらせた。
その隣に座っていた赤い髪の男性が、その言葉を笑い飛ばすように言った。
「まだ早いっスよ。それはもうこの国がダメだと思ったときにしましょう」
「私も、アルドヘルムさんがいるならマナに関しての心配はないと思います」
どうやら決まりのようだ。ノアだけは、よく分からないというように瞬きを繰り返す。ただ、アルドヘルムが「君は王様になったんだよ」と耳元で囁くと、その表情が晴れやかなものになった。
「しかしそれには様々な障害があります。できれば皆さんのお力も借りたいところ――幸い、まだヤイラック国はこちらの動向に気づいていません。できるだけ早めに彼に王としての自覚を持っていただき、行政部も新たに建て直しをして、政治の中枢部としての機能を回復させることに専念したいと思います」
中指で神経質そうに眼鏡を押し上げると、再び周囲を見回した。今度は比較的体つきの細い男が手をあげた。
「あの、昨夜の件はどうなったのでしょう? コウライ教の仕業でしたら、早めに手をうっても良いのではないかと」
「それに関しては、レクターに調査をしてもらうことになりました」
周囲の視線が今度はレクターへと移った。レクターは立ち上がると、アゼルに向けて敬礼する。
「私は昨夜、マリーを襲ったという男と剣を交えましたが、取り逃がしてしまいました。ブースターをつけていましたので、恐らくよっぽど力のある人物かと……もしこれがコウライ教の仕業だとしたら、彼らの存在は相当脅威のあるものになってしまう。そこで、私が隠密にコウライ教の調査をすることとなりました」
「彼なら大丈夫でしょう。情報を得たら、こまめに行政部に報告するように」
「はっ」
その後、多少の連絡をした後、会議は終了した。あっけないもので、水が流れ落ちるように手続きが進められていく。明日には国民全員に、新しい契約者と守護者を発表することを聞いた時は、国というシステムを疑ったほどだった。
こんな簡単に国というものが機能してよいのだろうかともマリーは唸ったが、それだけほとんどの仕事がルーチン化されてしまっているということだ。意外と契約者というのは楽なものなのかもしれない。
(もともと、持っているマナの量が多いやつが優先されるって話しだしな)
指輪がどのようにしてマナを集め、それぞれの地域に配給されているのかは知らないが――先程アゼルが説明していたような気もするが――知らなくて良いのならば別にそれで良い。マリーにとって大事なのは、自分で生きる術を見つけることだけだった。
会議が終了し、立ち上がると、アルドヘルムとノア、レクターが駆け寄ってきた。ノアは相変わらず丸くて生意気そうな光を宿した目をこちらに向けてくる。アルドヘルムはにっこりと微笑むと、力こぶを見せ付けるように拳を掲げた。
「とりあえず今朝、マリーの配給は済ませておいたよ」
「そうか。……ちなみに、これからどうなるんだ、俺達は?」
「さっきアゼルと話してたけど、俺達はまだ出会ったばかりだし、ノアの教育を通して交流を深めるのが一番だと思うんだ。マリーもこの国についてはよく知らないだろう? 一緒に勉強していこうと思って」
ちらりとノアを見やれば、彼は目を逸らすことなくマリーを見つめている。瞬きすらしないその視線に、マリーは居心地の悪さを覚えた。何でこいつ、こんな俺のこと見てるんだ。
会議室から出ると、廊下から中庭へと出て行く。そこにはたくさんの兵士達が訓練をしていた。模擬戦闘でもしているのか、談笑している兵士達の姿も見られる。統一された服がたくさんいるというのは何とも妙な感じだ、と思っていると、下卑た笑い声が耳についた。
「あれ、新しい守護者の女らしいぜ」
「女なんて使えんのかよ」
あぁ、やはりここもこんな世界なのだ。
固めた拳を振り上げる前に、レクターが動いた。
「じゃあ試してみるか?」