Precious&Precious
 目を開けると、白い天井が広がっていた。
 まず感じたのは後頭部に感じる違和感。頭を包み込むそれは、枕だということには変わりないのだが、ふわりと柔らかく沈み込む綿の枕は、いつも自分の使っているものではなかった。
 もしかして職場の仮眠室だろうか。自分は使ったことはないし、企画部に所属している自分などは仮眠などとる必要もないが、こんなに柔らかい布団があるのなら今度行ってみるのも悪くないかもしれない、と顔を緩ませる。
 毛布も柔らかい。ゆっくりと顔を巡らせると、たくさんの漫画本が詰め込まれている本棚に、小さなどんぐり型のランプ。昔はこれがなければ眠れなかったなぁ、と思ったところで、疑問が頭をよぎった。
(……ん?)
 本棚もどんぐり型のランプも、そして手を伸ばせば届く目覚まし時計も自分のものだ。しかし、この目覚まし時計は二年前に捨てたもので、背伸びしなければ一番上の段に届かない本棚も、この部屋にある筈のないものなのだ。
「夢……か」
 それにしても懐かしい夢をみる、と寝転がったまま辺りを見回した。
 四年前に母に見送られ、出て行った実家はその時とまったく変わらず、衝動買いしてしまった鞄やら服やらが堆く積み上げられている。若草色のカーテンからは、和らげられた日の光が差し込み、部屋の中にあるものの輪郭が捉えられる程度には明るくなっていた。
 目覚まし時計がピピピピ、と鳴りはじめたので、手を伸ばして止める。近くに転がっていた携帯電話――そういえばこの頃はスライド式のものを使っていた――をとると、待ちうけ画面を何となく見た。
(……あぁ)
 目の前にはピースサインをして無邪気に笑っている自分と、そんな自分の頬に唇をつけている見知った男。
 今まで懐かしいと思っていた夢が、一瞬にして悪夢へと変化した。
 胃が締め付けられるような圧迫感に襲われ、目を見開く。早く夢から覚める為だ。悪夢を見た時にはこの方法が一番良い。携帯電話の待ち受け画面にいるこの男に教えられたことだった。
 しかし、それはとある音によって止められる。懐かしい、携帯電話の着信音だった。
 何年か前にヒットしたアーティストの曲。この曲以来名前を聞いていないが、確かにこの時にはテレビに出演し、自分の音楽というものをどの番組でも語っていたような気がする。しかし問題なのはそこではなく、その携帯電話が今大音量で鳴り響き、自分の意識を覚醒させているにも関わらず、未だに夢から醒める気配のないことだった。
 画面には母親の名前が書いてある。恐る恐る通話ボタンを押し、本体を耳に当てると、そこからは懐かしい声が聞こえた。
「学校遅刻するわよ、早く降りてきなさい」
 聞き間違えるはずもない。正真正銘、母親からの電話だった。呆気にとられていると、その声の主は、自分が寝ぼけていると勘違いしたのか、再び言葉を紡ぐ。
「玲奈、何やってんの。だから昨日早く寝ろって言ったじゃない」
「あ、あの」
 声を出す。寝起きで多少低めだが、藍沢玲奈の声そのものだった。
「お、お母さん……?」
「何よ」
「ここ……私の家?」
「……」
 プツッ。
 通信を遮断する音と機械的な音が耳に入り込む。そしてもう片方の耳で、こちらに近づきつつある足音を聞いていた。
 その足音は徐々に大きくなり、ドアの前で一旦止まる。そしてその白い扉が開かれた。
「玲奈、寝ぼけるのも大概にしなさい。今日はゼミなんでしょ?」
 母親が電話を持って、自分の部屋の前に立っていた。


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