Precious&Precious
白雪姫
「んで、それがどうしたんだよ、セツナ」
飲んでいたシェイクから口を離し、植田聡史は目の前で腕を組んでいる少女に尋ねた。
夕方のファストフード店内は学生で混み合っている。彼らはこれからの進路などの真剣な話から、今日の晩飯は何だとか、恋人自慢だとか、どうでもいいような事柄まで様々なことを話す。とにかく学生としての時間を学外で過ごす場所として、この店が選ばれているのである。そしてこの二人もまた、放課後という学生に与えられた時間をのんびりと過ごす為にこの店に来ていた。
(学生生活は長いけれど、そのセツナを大切にするんだ――なんちゃって)
などとしょうもないことを考えていたが、彼女は気づかなかったらしい。
「白雪姫はさすがに知ってたか。ではそんなサトシくんに豆知識を授けよう」
「いきなりなんだよ」
確か自分達は先程まで、クラスメートである北条武と如月由実の間に生じた喧嘩について話していた筈だ。原因は由実の拘束の酷さだという。
これは学生に限ったことではないが、他人の恋愛話ほど話していて面白いものはない。元の鞘に収まるかこのまま別れるかと予想し合い、ハンバーガーを賭けようというところまで議論は白熱した。しかしそれが何故白雪姫の話に繋がるのだろう。あたりは確かに学生達で騒がしいが、トレイを二つ置くのが精一杯の、小さいテーブルで向き合っているのだ。この至近距離で聞き違えるということはまずない。
聡史が首を傾げると、彼女はポテトをつまんでにっこりと微笑んだ。ポテトも彼女の顔も夕日に照らされて赤くなっていた。
「白雪姫には王子様が出てくるじゃない。白雪姫の死体を見てキスする彼ね」
「死体っていうと何か生々しいな。それがどうしたんだよ」
「彼女を気に入った理由は、彼女が美しかったからっていうのが有名。でも原作では、彼が死体愛好家だったからなの。最初は死体が入った棺を持って帰ろうとして、棺を落とした瞬間にリンゴの欠片がぽろりって感じ」
彼女の話に胃がずくりと竦みあがる。気分を紛らわすために再びシェイクを飲んだが、中身が少ないらしく、ずそそそという何とも不恰好な音がしただけだった。
彼女もそんな聡史の様子に気づき、ほんの少し眉を下げた。しかしポテトを食べるペースはまったく変わらない。
「ごめんごめん、サトシにとっては気持ち悪かった?」
「さすがにな。でも結局何が言いたいんだ?」
彼女は最後のポテトをぱくりと加えると、じっと聡史の目を見つめた。その目は異常に赤く、獲物を狙う狩人のように執念深い。隣のテーブルに座って馬鹿騒ぎをしていたグループが立ち上がる音がしたが、彼女はそれに目もくれなかった。
「白雪姫ってさ、王子様の嗜好、分かってたんじゃないかと思って」
「はぁ?」
「義母にいじめられて、小人と慣れない暮らしをして、さすがに生活が嫌になった。そこで隣の国の、死体愛好家の王子に目をつける。ちょうど義母もやたらと命を狙ってきてたことだし、いっそのこと、だまされたフリをして一回死んでみたらどうか。今まで何かと助けてくれた小人達に協力を仰いで、王子に棺を落としてリンゴを吐き出させる。んで生き返って王子と一緒に国に帰ったら結婚して、邪魔な義母を殺させて死体を提供する。それから国のお金で好き放題やらかしてめでたしめでたし。ね、しっくりこない?」
彼女の目はしっかりと聡史を見据えており、それが逆に彼の居心地を悪くさせた。しかし視線を逸らすこともできずに、戸惑った声でぽつりと声を出す。
「しっくりって……だいぶ無理がないか?」
「あくまで私の考えだけどね。でも白雪姫って、起こったことをチャンスと捉えて行動する、策略家な面があったと思うんですよ、セツナちゃんは」
「自分でセツナちゃんとか言うな気持ち悪い」
そう言うと彼女は頬をぷっくりと膨らませる。それを半眼で睨みながら人差し指でつついてやると、すぐその表情に笑みが戻った。先程の居心地の悪いものではない。いつもの彼女の表情だ。そして彼女はそのまま顔を外へと向けた。
「さ、そろそろ帰ろっか。外結構暗いし」
確かに、先程まであれほど彼女の顔を赤く染めていた光はどこにも見当たらない。それと当時に、彼女から放たれていた異様な雰囲気もなくなってしまったように感じられた。
彼女が何を考えているのかは分からなかったが、まぁどうせいつも話している『どうでもいいこと』の一つなのだろう。そう思って聡史は頭をばりばりと掻くと、トレイを片付けに立ち上がった彼女に再び視線をやった。その瞬間に思い出す。
「おい、賭けの内容、忘れるんじゃねーぞ。タケシとユミが仲直りしたら、俺にハンバーガー奢れよ」
「大丈夫だって、絶っっ対に、私が勝つもんね!」
その声に、周りの席で談笑していた学生達が視線を一気に彼女へと移す。
しかしそんな視線も気にせず、彼女――白井雪奈はガッツポーズを決めてみせた。